(出典 moripapa.info)
日本は本当に「民主主義国家」なのだろうか。比較文学者の大嶋仁さんは「ユダヤ人哲学者のポパーは『反証可能性』を説いた。ところが今の日本は、団結を重んじ、満場一致の拍手喝采で終わる会合ばかりだ。これは全体主義で、民主主義とは言えない」という――。

※本稿は、大嶋仁『1日10分の哲学』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

■ポパーの「反証可能性」「アドホック」

初めてカール・ポパーの名前を聞いたのは大学生の時だ。広い教室に受講者はわずか。若い先生が熱心にこの革新的な哲学者について語っていた。

その頃、ポパーはまだ日本では知られていなかった。翻訳書も出ていたかどうか。先生の声が「反証可能性」「アドホック」などの言葉を繰り返していた。その時はピンと来なかったが、今になってなるほどと思う。

大学の講義とはそんなものだ。興味が湧かないでいる場合でも、無意識のほうが反応して、大事そうな言葉を記憶の貯蔵庫にしまい込む。そして必要な時が来ると、鮮明なイメージとともに蘇る。

アドホックといえば、そういう名のカフェがあった。場所は覚えていないが、妙な名前のカフェだと思ったものだ。店主はこの言葉の意味がわかっていただろうか。

アドホックは「その場しのぎ」のことだ。「コーヒーを喉に流し込みたい」ととりあえず入ってみるカフェがアドホック? だが、そんなことは店主にはどうでもよく、音の響きが気に入っただけなのだろう。

■今のメディアは統制しなくても統制されている

「その場しのぎ」といえば、政治家の発言にはそれしかない。これでは国民がそっぽを向くのも無理はない。しかしもっと深刻なのは、それを追及しようとしないメディアだ。メディアはその場しのぎであってはならない。

振り返ってみると、戦前のメディアにはそれなりに力があったのではないか。戦時は言論統制が厳しかったというが、統制が必要なほどに言論が自由活発だったということではないのか。今のメディアは統制しなくても統制されている。それほどに、エネルギーがない。

エネルギーがないとは、秩序崩壊が進んでいるということである。とはいえ、既存の秩序が崩れていくとき、必ず新たに何かが生まれつつあると考えることもできる。賢明な指導者なら、その動きを察知してそこから新秩序を育てあげようとするだろう。それができる人がいないのが今の日本である。

秩序崩壊を見とどけるのは容易だが、どのような再構築がどこでなされているのかを見分けるのは難しい。だからこそ、それを専門とする社会学者が必要だ。ところが、自然科学や人文学と比べ、社会科学は進んでいない。かつて、中国史の先生が言っていた。「東アジアで最も遅れているのは社会科学なんです」と。

■反証される可能性を残してこそ科学

ポパーに話を戻そう。彼が強調した「反証可能性」という概念は、万人が心に銘記すべきものである。20世紀で最も重要な概念といえるかも知れない。

彼がいうには、科学は反証される可能性を残していなくては科学ではない。地球が太陽の周りを回っているというのは永遠の真理ではなく、今のところ正しいとされているだけのもので、いつかそれが反証される可能性があるからこそ、これを科学と呼ぶことができるというのである。

これを初めて耳にした時、なんでそんなことを言うのかと思ったが、今になってこれはすごい発見だったと思う。多くの人にとって科学とは真実として出来上がっているものなのに、ポパーは科学で重要なのは真実ではなく、真実と思われていることを虚偽として証明する可能性をもつことだと言っているのである。

■日本の町内会は「満場一致」ばかり

「反証可能性」という概念は開かれた態度を導く。科学は開かれた態度でなくてはできないという思想がその背後にあるのだ。このことは、彼が必死になって擁護しようとした自由主義の理念と通じる。彼にとって、自由主義は満場一致の正反対であって、ある提案に対して反対意見が次から次へと出されることで保障されるものなのである。

たとえば町内会というものがある。日本中どこにもあるだろう。町内の住民が集まる会合である。ところが、たいていの町内会では議案が提出されても誰もこれに異議を唱えない。これでは会合を開く意味はない。しかし、異議を唱えないことが慣行になっているのだ。そういうわけで、会合は満場一致の拍手喝采で終わる。自称民主主義の基礎がこれであるとすれば、ポパーの出る幕はない。

■全体主義がユダヤ人排斥につながった

それにしても、ポパーはどのようにして「反証可能性」なる概念を思いついたのか。

彼がウィーン生まれのユダヤ人であったことと関係するだろう。ヒトラー率いるナチスが勢力を増していくのを見て、彼はニュージーランドへ逃れた。

彼が恐れたのはなにより全体主義だった。団結を重んじ、反対意見を削除し、異分子を排除するシステムがドイツを支配し、その結果、ユダヤ人排斥となった。彼はそのようなシステムだけは許してはいけないと思ったのだ。それが彼の基本理念である「反証可能性」と「開かれた社会」になったと思われる。

ポパーは科学哲学者として有名だが、会社経営に関心のある人ならドラッカーを知るべきだ。現代経営学の祖である。彼もポパーと同じくウィーン出身のユダヤ人。全体主義を嫌悪した点で2人は共通する。分野はちがえど、基本的価値観は同じだ。ポパーの本が難しいという人には、ドラッカーの本をお薦めする。日本で400万部も売れた本の著者だから、知っている人も多いだろう。


(出典 news.nicovideo.jp)



「日本とドイツが共通しているのは、絶対的な権力者に対する盲目的な忠誠心だ。民主主義国家として自称している日本が、実際には権力者に絶対服従する傾向があるのは危険だと思う」

「日本はドイツと同様に、国民に対して厳しい規律と秩序を求める傾向がある。言論の自由や個人の権利が制限される一方で、国家や権力者への忠誠が重視されている」

「歴史的な経緯や文化の違いはあるものの、日本とドイツが共通して持つ排外主義や異質な他者への敵意は深刻な社会問題として取り上げられるべきだ。民主主義国家として進化していくためには、この問題に真剣に向き合う必要がある」
海外ニュース


「自由に」どころか「好き放題」やってるメディアがチラホラ見受けられるのに言論統制ガーは無理があるし、科学的とか反証なんて言葉からかけ離れた「お気持ち」で批判する記事もチラホラ見受けられますが?



「共産主義」「社会主義」を自称して国民から吸い上げた財と権力を私物化する独裁国もありますがね…


まあそのユダヤ人が今めっちゃ*まくってるけどな民間含め


みんなで集まって物事を決める。日本は古来からこういうやり方でやってきたんだけど、実はナチズムだったのか…アホらしいな


『日本の町内会は「満場一致」ばかり』< そうか? なんかそういう統計とか取られてるの? 毎年恒例の事案なら「まぁいつも通りに」ってなるけど、それを変えようとか新しいことをしようってなると、それなりに紛糾するぞ?


団結を重んじ、反対意見を削除し、異分子を排除するシステムを全体主義と定義する場合、全体主義を否定するのであれば全体主義者の主張を容認すべきである。なぜならば全体主義の完全な否定もまた全体主義だからである。


ん?町内会でアホな発言して恥でもかいたか?


まあ自称なんてアテにならない場合も多いと思うよ。「"自称"奪われた被害者」とかさ。


言論統制ねぇ?クソマスゴミがやりたい放題にステマ、日本人下げ、人権侵害をやって最も大衆に知らしめるべき肝心なネタは「報道しない自由」とか言って握りつぶし、情報屋の本文をサボってる。無法地帯の間違いでは?あと、ユダヤ人だけとは言わないが、大陸育ちは選民思想が大好きだねぇ?二枚舌で気に食わない奴をレッテル貼して虐待して喜んでるお前らの方が野蛮だろ思い上がんな。


な?プレオンだろ?


安っぽい主張だな。日本が~と言えば自分の主張が通ると思ってるらしいけど、こんなの世界中探せば何かしら当てはまります。


本当の全体主義国家ならそもそもこういう記事自体が検閲にかかって出せず、書いた記者は拘束される。


ホパー自身が日本とナチスの共通点に言及した件は記事に見られないが?ざっと読んだから読み飛ばしたか?読んだ感じ記事の「筆者が見た」共通点じゃねえの?


決定に大多数が不満ないなら、前提となる議論の健全性は必要にしてもそれは別の問題。日本の場合は社会的な慣習なんぞ語るまでもなく、野盗が自滅しすぎて与党が交代しない実質独裁状態で選挙ひいては民主主義が*でるって問題をどうにかしてくれ。後、日本のマスゴミは統制なんてされてない動物園。


あ、ポパーだわ…すまん。


ユダヤ迫害はヨーロッパ全体で、大昔からあったものなのにw全体主義の結果ユダヤ排除って本気で言ってるのか?あと日本が~は自分の思い通りにならないからの愚痴なのかな?同調圧云々なら外国のほうがよっぽど酷いけどな


私が習った範囲だとユダヤ人差別って特にドイツとかだと為政者が上から作ったものじゃなくて大衆の側からだと思うんだよね。ナチスなんかはそれを利用した側。




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